支持体作り

イコンを書くための支持体作りについて、記していこうと思います。

イコンの支持体は、伝統的に板・亜麻布・石膏の3つの層から成っています。

板に使われる主な木材は、冬菩提樹アカマツ、もみの木、ヒノキで、一枚板が気温や湿度の変化によって反ったり変形しないよう、板の裏側にダボ(柱のようなもの)を加工し組み入れます。また、板の表面は、像が描かれる中心部分が四角く2-3mmくり抜かれているのが普通です。

イコンの支持体

さて、伝統的に、イコン画家は支持体を作る作業から始めるのでしょうが、ロシアをはじめ支持体を手に入れるのが容易な国のイコン画家さんは、すでに工房で作られた既製品を取り寄せたり、注文することがほとんどだそうです。

しかし、そうでない国に住む私達には、この支持体を取り寄せるのが大変ですし、国際郵便を使うと非常に高価です。また、現在は、比較的安価だったロシアやウクライナから取り寄せることが難しく、その他の国から取り寄せると、ただの平面タイプの支持体それ自体が1万超えととても手が届きません…。

とはいえ、日本でも、イコン画法で使われるテンペラ画を制作している方はいます。実際、東京でイコン画教室をやっている先生に話を伺ったところ、その方は日本画と同じ支持体を使用されているとのことでした。つまり、シナベニア板に麻紙を貼り、その上にジェッソ(石膏)を厚み1mmほどまで塗り重ね、表面を整えたものです。

今回は、大祭のイコンに挑戦するため、普段聖人を描く支持体より大きな支持体が必要でした。そして、今回は海外から取り寄せるのが難しいと考えたため、自分で支持体を制作してみることに決めました。

ロシアに住むイコン画家の友人からアドバイスを受け、ひとまずは伝統的なやり方で作れないか模索します。私は日本画は勉強したことがないので、麻紙で作ったほうが楽かといえば何とも言えないので、結果的には手間かもしれませんが、ロシアで主に作られている方法でやってみます!

大祭のイコンは、中央に窪みのない板でもあまり違和感がないので、難しい加工はせず(そもそも機材なしには不可能だけど)、手に入るものでやっていきます。

初心者の備忘録ですので、この記事に書かれたやり方を参考にするというよりは、素人の挑戦を暇つぶし程度に御覧ください!

 

 

1.板に布を貼る

使用したもの
  • シナ合板(シナベニヤ)

厚み12mm、30.0 x 91.0 cm

ホームセンターで裁断してもらい、費用は2000円ちょっとでした。

28.0 x 36.0 cm 2枚

28.0 x 19.0 cm 1枚(余り分)

バリなどはヤスリできれいに整えて、出来るだけ欠けと凹み、傷がない面を探して、表をどちらにするか決めておく。

  • 精製水
  • ゼラチン(森永クック、粉末)
  • 亜麻布

目の粗めの麻100%の布

約2000円 /m 巾115cm

オカダヤで購入。麻100%は高いので、40cmだけ購入しましたが、水通ししたら縮むので、50cmのほうが安全。洗濯機で回して、脱水、地の目を通して乾かしました。

布は、板の画面に対し上下左右2~3cmはみ出るくらいの余裕があると良い。

 

1) 板に糊を塗布する

精製水とゼラチンで糊を作ります。

接着剤の役割をする画材に「膠」がありますが、実はゼラチンと膠は主成分が同じで、動物由来のコラーゲンに熱を加えて抽出したもので、より精製度が高いものをゼラチン(洋膠)、低いものを膠(和膠)と呼ぶそうです。

テンペラ画の画材には、兎膠がよく使われますが、それを知ったとき個人的にうさぎ好きの私は「いやーー(泣)」と抵抗があり、そのため、イコン画家の友達がゼラチンでできるよ〜と言ってくれて喜んだのですが、実質同じでした。ロシア語でゼラチンは膠のことだと思うのですが、主成分が同じということで、文字通り日本語のゼラチンで今回は試しました。

 

1.精製水を50℃程度に温め、ゼラチンを溶かす。

100mlの精製水に対し、ゼラチン3g

私は、浅い鍋に3cmくらいの高さまでお湯を注ぎ、小さなガラス瓶に精製水とゼラチンを入れて湯煎して温めました。撹拌しながら、完全にゼラチンを溶かす。

 

2.板の表面に1のゼラチン液を塗布する。

板の表面がきれいなことを確認し、平筆で温かいゼラチン液をそのまま板の上に塗布します。同じ場所を何度も塗らず、均等になるように一巡したら、しっかり乾かす。

乾かす時間は、その日の気温、湿度によると思いますが、2時間から20時間と聞きました(幅が広い…)。

私は午後3時にこの工程を終え、次の日の午前中に次の工程へ。

私の必要な板の量では、ゼラチン液が半分以上余ってしまったので、もう半分の量で作ってもいいと思います。

1日目終了

2) 亜麻布に糊を染み込ませる

板に布を貼る方法は人によって様々なようですが、一般的には、糊を十分に含ませた布を板の上に配置して圧着します。ガーゼのような薄い素材を板に貼る場合は、板の上にガーゼを置き、その上から糊を伸ばしていく方法もあるそうですが、今回はより強度の高い亜麻布を使うため、事前にしっかり布に糊を含ませる方法で行います。

 

1.精製水とゼラチンで糊を作る

板に塗布した糊とは割合を変えます。

500mlの精製水に対し、62.5gのゼラチンを加えました。私が参考にしたやり方の1つは、13%のゼラチン液ということで、500ml(1ml=1g計算)に対し65gが適量でしたが、イコン画家の友人のレシピだと、ちょっと数値が違ったので、やや少ない量にしています。

出来上がったゼラチン液に亜麻布を漬け込むため、十分な量が必要です。ゼラチンの消費量が半端ないので、500mlでけちっていますが、本来ならもっと余裕ある量が必要です。

 

2.湯煎しながらゼラチン液に2時間浸す

お鍋にお湯を3cmくらい(湯煎したときに溢れない程度)入れ、湯煎しながら作ったゼラチン液に布を浸します。ぎりっぎり用意した布全部が浸かりました。

ときどきかき混ぜて全体に糊が行き渡るように見張りつつ、2時間湯煎します。湯煎は、ゼラチン液が固まらないようにするためなので、常にアツアツにしておく必要はありません。

3) 板に布を圧着する

しっかりと糊の行き渡った亜麻布を、糊が滴らない程度に絞り、きれいに広げてから板の上に配置します。中央から、空気や皺が入らないように板に密着させていきます。

指先でも十分できる作業ですが、金属製のヘラなどを使うと便利です。

布を貼る工程自体は初めてでわからないことが多かったので、正直今回は改善すべきところがあると感じています。ぎゅっと少ない量の糊に漬け込んでいたため、皺がひどく、貼ったあとも十分にシワが伸びておらず、でこぼこが残る結果となりました。

このあとの、石膏作業でなんとかなるでしょうか?

2日目終了

 

4) 余りの布を除去する

一日以上十分乾かすと、余った布部分がバリバリに固まって、布自体もしっかり板に接着することができました。

はみでた布は、カッターナイフを使って裏から切り取って除去しました。

断面を見てみると、端が浮いているところがあったので、昨日のゼラチン液を使って再び圧着しました。余分な糊をつけないよう、慎重に、しかししっかりくっつくように指先で圧着します。

 

きれいに貼れました!

こちらもしっかり乾かしてから、次の工程に進みます。

3日目終了

2.レフカス:下地を作る

使用したもの

乳化剤としてグリセリンを使います。伝統的には、さらに蜂蜜、亜麻油、卵黄などを加えますが、自然由来の素材を多く使うと、支持体自体を半年は乾かして置いておく必要があるとも聞いたので、今回はグリセリンだけにします。精製水とグリセリンはドラックストアで買えます。

 

1) レフカス作り

ギリシャ語で「白い」という意味をもつレフカスは、主に石膏、糊、亜麻油で構成された石膏液です。これを、準備した布のはられた板に薄く塗り重ねていくことで、イコンを書くための下地を作ります。

 

1.糊を作る

石膏液の糊の割合=ゼラチン1:精製水8

どれくらい量がいるのか見当がつかなかったので、小さな紙コップにクックのゼラチンを4袋(12g)、そしてゼラチンと同じ嵩だけの精製水を8杯入れました。

具体的には、ゼラチン12gと精製水が320mlでした。

これまでの工程と同様に、湯煎してゼラチンを溶かし糊を作ります。

 

お鍋の底に不要なタオルハンカチをひき、お湯を4cmぐらい入れ、レフカスを収める容器が浮かずにしっかり自立して収まるよう配置します。ぐらぐら揺れないようにしてください!!

湯煎をして、ゼラチンが完全に溶け糊が完成したら、次の工程に移ります。

※お湯を入れてからゼラチンを追加するほうが、ダマができずに綺麗に溶かせます。

 

2.石膏を加える

ゼラチン液が固まらないように、湯煎しながらこの工程を行います。

この工程の絶対ルールは「揺らさない!かき混ぜない!」です。

石膏を少しずつ1のゼラチン液に均等に石膏を加えていきます。何もしなくても、ゆっくりゆっくり石膏が沈むので、かき混ぜたり、揺らしてはいけません。

また、石膏を加えるときは、ダマにならないように茶こしごしに加えるのがいいのでしょうが、あいにく使用した瓶の口が狭めでそうもいかなかったので、別に用意して篩いにかけた石膏を小さじスプーンで一杯ずつゼラチン液に加えました。参考にした方法でも、スプーンで直接石膏を加えていたので、石膏自体にダマが残っていなければ、そのまま入れて大丈夫なようです。私は念の為、先に篩いにかけたものを使用しました。

石膏を入れる量ですが、加えた石膏が沈まなくなるまで

入れても入れても石膏が沈んていくので、用意した1kgの石膏が足りるのかひやひやしました。残ったのは1/4程度だったので、ちょっと作りすぎ?この工程は1時間以上やっていたので、かなり根気がいる作業だなと感じました。

石膏が沈まなくなり、うっすら乾いた石膏が表面に残るくらいで終了です。

 

3.ゆっくり撹拌してグリセリンを加える

瓶を横から見ると、石膏の層が表層に至っているのがわかります。結構どろどろなのかな?と思いきや、混ぜるとちゃんと、少しもったりした液体になっていました。

グリセリンは、1Lのレフカスに対し25.5mlと聞いていたので、大体の目分量で650-700mlのレフカスができたと想定し、18mlほど加えました。

10分ほど置けば、いよいよ支持体に塗布する作業に入れます。

完成したレフカス

 

2) 温かいレフカスを塗布する

湯煎から取り出した、温かい状態のレフカスを、さっそく準備した板の上にのせていきます。

 

布を貼った板の上に、平筆で大雑把にレフカスを塗ります。一度塗った場所はムラがあっても気にせず全体的に塗れたらしっかり乾かし、二層目は布の目にしっかりレフカスが入り込むように塗っていきます。乾いたかどうかの目安は、塗布した面が完全に白くなったらOKです。灰色が残っているうちは乾いていないので、次の層をのせてはいけません。

 

温かいレフカスは最初の2層だけでいいようなので、この日はこれで終了です。

 

レフカスは、湿らせたガーゼなどで蓋をし、冷蔵庫に保管します。冷蔵庫で10日ほど持つそうです。

4日目終了

3) 冷えたレフカスを塗布する

冷蔵庫から取り出してみると、中がプルプルに固まっています。この状態が所謂「冷えたレフカス」なのですが、こんな固まった状態が正しいのかわからなくて、ひよって湯煎しました(笑)。

参考にさせてもらったテンペラ画を描いている方のブログで、固まってきたらその都度湯煎すると書いてあったので、とりあえず湯煎してみたのですが、ブログの方のように、作業中に何度か湯煎する分には、急激な温度変化が少ないので大丈夫なのかもしれませんが、一旦冷蔵庫で完全に冷えたものを何度も温めると、ゼラチンの固着する力が弱まってしまうみたいなので、本当は湯煎しないほうが良かったと思います。

 

そして、湯煎したとろとろの状態より、固形にちかい状態のほうが断然扱いやすいです!!どろっとした液体の状態で層を重ねたので、端に垂れて綺麗にできません。

とりあえず、この日は時間が許す限り、層を重ねます。途中、レフカスの温度が下がってきて固まってきたところをそのまま使ったら、めちゃ使い勝手が良くて、これが冷えたレフカスなんだと気づきます。

2層目を塗り終わって乾いた状態

作業を始める前の状態です。下に接着した布のシワだとか凸凹感がまだ残っています。漆喰壁のようです。

ここに、ゴムベラでレフカスを薄く伸ばすようにして塗っていきます。板の上に適当にレフカスを垂らしてヘラで伸ばしました。完全に独学なので、とりあえずできるだけ均一に凸凹にならないよう意識して塗りました。

一層塗るたびに完全に乾かし、前回縦向きに塗布したのなら、継ぎは横向きと、交互にレフカスを重ねていきます。

作業を終えた頃の状態

これで、最初の温かいレフカスから数えて、8層ぐらいになった状態です。布の凸凹感は消え、全体的には平坦に仕上がっているのですが、縦線、横線、ゴムベラでついた細かいキズ、ホコリ、端に垂れてかたまったどろどろが残っています。

日が暮れたのでこの日はこれで終わり!

5日目終了

 

 

引き続き、冷えたレフカスで層を重ねていきます。

そういえば、前回の時点で、作りすぎたと思ったレフカスを半分以上消費していました。もちろん、至らない点があって無駄にしている分も多いかとは思いますが、意外とちゃんと減っていて驚きました。

さて、この日は、冷蔵庫から取り出したレフカスをしばらく放置して、常温に戻してから始めました。といっても、プルプルの粘土状に固まっている状態で、指で押し付けるとすっと伸びるような感じ。どうやら乾燥しているわけではないようです。瓶の奥の方から塊を取り出すのが面倒だったので、一時的に使う分だけ小瓶に移動させました。本当は、口の狭くないビーカーのほうが容器としては向いていると思います(笑)。

 

瓶から取り出したレフカス

固形に近いレフカスを再びゴムベラで伸ばしていくのですが、結構ムラができて難しいので、いいことを思いつきました。

指で伸ばしてから、ゴムベラをひく作戦です。写真の上部を見ていただくとわかると思いますが、めちゃ綺麗にできます。

一体何層重ねるのかというと、厚みが1mm〜1.5mmに達するまで。このあとヤスリで綺麗に表面を整えていく必要があるので、1mm以上はほしいです。

乾いていないところ

参考にまで、中央にうっすら灰色のところがありますが、ここが乾いていない場所。しっかり待つと意外と時間がかかるので、一層塗ったら別の作業をしていました。

液体のレフカスより乾くのが遅かったので、この日は3層塗りました。

6日目終了

 

同様に、この日は2層重ねて、レフカスを重ねる作業は終わりにしました。

このあと、ヤスリで丁寧に削って、表面を整える作業に入ります。レフカスを塗った板は、今回もしっかり乾かしましょう。

残ったレフカス

大量に作りすぎたなと思ったレフカスも、意外と底数センチしか残りませんでした。ヤスリ作業のとき事故ったときのために、引き続き余ったレフカスは湿らせたガーゼを被せて冷蔵庫に保管します。

7日目終了

 

3.ヤスリがけ

最後の工程、ヤスリがけに入ります!

微細な石膏粉が飛散するので、屋外で、マスク着用で行ってください。一般家庭の室内では、集塵機とかない限りできない作業だと思います。

石膏は水分を嫌うので、ヤスリがけ中に手汗がついたりしないよう気をつけてください。また、サイドや裏面に石膏がついていたとしても、濡らした布巾でこすったりせず、ヤスリでこそぎ落としたほうが安心だと思います。

1) サイド

上手な人はサイドに石膏がはみ出て固まったりしないのかもしれませんが、私の場合はひどいので、まずはサイドからヤスリで整えました。

ヤスリは珪藻土マットを買ったときについてきた400番のヤスリを使用しました。

1. before 2. after

ちゃんときれいになりました!が、こう見るとまだ層が薄かったかな?とか、作業中にはわからなかった層の厚みに差があるのを発見しましたが、とりあえず初めてなので許して…。それでも、断面は綺麗に布も貼れているのがわかるし、とりあえず及第点ではないでしょうか?

2) 表面

ひたすらに削る。

特筆すべきことはなく、400番のヤスリからスタートし、徐々に目の細かいヤスリ(2000番くらいまで)で表面を整えます。

まずは、ゴムベラの跡をひたすらに削ります。

外でやらなければならないので、寒いし、削っても削ってもなかなか表面が整わないので、個人的には支持体づくりの工程で一番辛かったです。

寒くてギブアップするまで続けて、8日目終了

 

別日に作業を続け、辛さのあまりほとんど写真を撮っていなかったので、過程は飛ばして、最終的にこうなりました!

なぜかわからないけれど、黒っぽいつぶつぶが出てきてしまったのだけど、表面はだいぶ整いました。なんの色なんでしょう……。レフカスが真っ白なので、晴れている日にやると目がやられます。でも、日陰でやると寒い。

 

断面はこんな感じ。まあまあ綺麗じゃないでしょうか。

9日目にして完成ということにします!

 

4. 完成

ひとまず、支持体が無事に完成しました〜!

細かいグレーのつぶつぶが気になるし、市販のものよりも表面は荒い気がします。とはいえ、今回は金箔を貼ったりはしないので、このくらいでも大丈夫なのではないでしょうか。金箔を貼る場合、土台の滑らかさによって完成度が変わりますので、金箔を貼る部分だけはピカピカに磨きましょう。

さて、出来上がった支持体の良し悪しは、実際使ってみるまでわかりません。

うまくいっていることを切に願います!

ここまで、長い記事を読んで頂きありがとうございました。