ミッショーネ技法を使った箔押し

イコンの金には、主に三種類の技法があります。

一つは、広い面積に金箔を貼るための技法で、ウォーターギルディングと呼ばれます。膠水で薄めたボーロと呼ばれる下地材を支持体の石膏の上に塗布し、しっかりと磨き上げたのちに、水を塗布しながら金箔を貼る方法。広い面積を箔貼りするには、吐息で飛んでいってしまうくらい繊細な8センチ四方ほどの金箔を正確に配置し、瑪瑙で磨く作業が必要で、高い技術と経験が必要です。像を描く前に必要な作業です。

二つ目は、アーシストと呼ばれる細い繊細な光の線を表現をするための技法で、ミッショーネと呼ばれます。こちらは絵画作業がほぼ完成した後に行います。ミッショーネ技法にはアクアミッショーネなどの画材を使って、筆で金箔を貼りたい部分を描写し、その上に金箔を載せて不要な部分を取り除くと、事前に描写したところだけ金箔が残るという仕組みです。

三つ目は、金箔を絵の具のように使う技法で、アラビアゴムと水で割った溶液に細く粉末状にした金箔を混ぜて絵の具を作ります。絵の具のように使えるので、筆で細かい描写が可能です。

 

今回は、二つ目のミッショーネ技法について覚書をします。

 

 

 

箔押しに必要なもの

ミッショーネ:

まずはミッショーネ技法に欠かせない画材ですが、今回は伝統的なイコン画制作で使われる「麦汁(beer wort/пивное сусло)」を使います。

私は、ロシアの箔押し専門店から購入した既製品を使います。1か月かけて煮詰めて、固めのキャラメル状になるまで濃縮した麦汁だそう。なので、液体ではありません。日本の画材屋さんで売っているのかは謎です。

筆:

00番のリス毛やコリンスキーが理想ですが、私はこれ以上細いのを持っていないので1番の筆を使います。

金箔:

世界堂で買った気がします。詳しくはわかりませんが、ちゃんと純金箔です。金箔のような色合いの安価な銀箔もありますが、銀箔は見る角度によって黒く反射するので、イコンでは使えません。

あかし紙:

金箔を移動させるために使います。日本画用の画材ですが、金箔の扱いが格段に楽なので、あかし紙に頼っています。ヨーロッパのやり方は、平たいハケのような形状の箔刷毛を頭髪に軽くあて、その油気を利用することで金箔を吸いつけ、金箔を移動させるようなのですが、まじで全然くっつかない(笑)おそらく、毎日髪を洗う私たちの頭髪には油気はないのではないか……。それこそ、一週間に2回とかしか髪を洗わないヨーロッパ文化で生きていないと、使えない方法な気がします。なので、私は日本画のやり方を推します。とはいえ、ロシアでも古い新聞紙に金箔を吸いつけて移動させる方法が定番なので、箔刷毛を使う方法は個人差があって、失敗しやすいんじゃないかなと思います。

石膏:

パウダー状のもの。画面に余計な金箔がくっつかないように、湿気を取るためのものなので、ベビーパウダーでも何でもいいと思います。

ブラシ:

余分な金箔を払うためのブラシです。画面を傷つけない柔らかい天然素材がいいと思います。私はお化粧用の熊野筆を使っています。

その他:

箔切りナイフや竹のピンセット。金箔を必要なサイズに切ったり、掴んだりしたいときに使います。広い面積を箔押しするときほど、正確な形の金箔が必要なわけではないので、あれば便利程度。

 

やり方

1. 金箔を貼る画面にパウダーを乗せ、余計なパウダーをしっかりと除去する。パウダーで湿気を除去した画面には触れないように。

※余計なパウダーをしっかり払わないとミッショーネが滲みます!

失敗例

 

2. 麦汁を水彩画の要領で少量の水で溶く。糸のような線を引きたければ固めに。私はよくわからなかったので、とりあえずできるだけ濃いめに溶いてみた。

 

3. 溶いた麦汁で金箔を載せたい部分を描写していく。

黒っぽくつやっとして、立体感がある。

4. 15分間しっかり乾燥させる。

 

5. アバウトに金箔を乗せる

 

6. ブラシで優しく払う

この瞬間が楽しい

 

気づいたこと、注意点

ミッショーネで広い面積に箔押しできる?

今回、このイコンを制作するにあたって、時間があまりなかった関係で、時間のかかるウォーターギルディングに挑戦できませんでした。一度やったことがあるのだけど、かなり技術が必要で、箔押しだけで4日ぐらいかかりそうで、出来も不安定でした。だけれど、せめてイエス様の光輪には金箔を使いたかったので、後々ミッショーネでできないか考えつつ、作業を進めました。

結論から言うと、この程度の面積ならミッショーネで箔押しをすることは可能ですが、本来、線を使った表現が基本のこの技法で、塗りつぶしが上手くいくか不安だったので、線だけで光輪の面積を埋めてみることにしました。結構賭けでした。円周だけ箔押しだと変だったので、もうこうするしかありませんでした。結果的にゴシック感が少し出てしまいましたが、雰囲気は損ねず箔押しができたかと思います。

 

熱と修正方法

箔押しした後は、画面にさわれません。少し擦ったぐらいでは剥がれませんが、筆をもつ手のひらがすでに箔押しされていたところに触れていたようで、溶けました!手があったかいから、擦らなくても麦汁が溶けて金箔が崩れてしまうみたい。そうなると、修正は少し面倒です。というのは、溶けた麦汁を完全に取り除くのは難しく、取り除かないと次に箔押しするときに、残った麦汁に金が張り付いてしまう可能性があるからです。

修正方法:あらかじめ濡らした綿棒で大まかに麦汁を取り除いた後、乾かし、背景と同じ色を重ねて、残った麦汁を完全に覆う。その後、一晩おいてから、箔押し作業をやり直します。

 

 

以上が、麦汁を使った、ミッショーネ技法の覚書でした!

注意点はあるけど、アクアミッショーネより程よく立体感や艶がでて好きです。

では、また!