オーカーどろどろ問題

古典技法、エッグテンペラビザンチン様式の流れを汲んだイコンを製作する見習いイコン画家の備忘録です。

気まぐれ更新です。

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前書き

コロナ禍な上、情勢悪化のせいでロシアへの渡航がすでに3年以上敵わず元気をなくしがちな私ですが、Instagramのお陰で良いイコン画家の先生が見つかり、それ以降、イコン文化のない日本で、ひっそりと一人悪戦苦闘しながらイコン製作を続けています。

一人と言っても、日本でイコンを書いている方の数は少ないですが存在しています。私は現在、日本人でプロのイコン画家と呼べる人を一人だけ知っています。その方には母校の上智大学の講演で出会いました。大学がカトリック系だったので、このような講演に恵まれたのでしょう。その繋がりで、新宿の朝日カルチャーセンターのイコン画講座にも少しの間通いました。年配の方がほとんどで、やはりごく少数を除いてはカトリック系でした。鞠安日出子先生という方が考案した、日本の多湿環境でも製作可能な特別なテンペラ画で書かれていました。

すぐに留学に出てしまったので、ついにこの講座は数回しか通えず、今になってはこのテンペラメディウムの正体も、使用していた支持体をどのように作ってるのかも分からずじまい…。鞠安先生や講座の先生の連絡先もいただいたはずなのに、留学から帰ってきたら、何処にいったか分からなくなってしまいました。ちゃんと足を運べばきっといろいろ教えてくれるでしょうけど、なかなか出不精で駄目です。講座が日曜だったので、朝教会に行くと間に合わないのです。結局、後回しにしちゃうんですよね。

ということで、私は、モスクワの先生が教えてくれた、ロシアで一般的とされる伝統的な卵テンペラでイコンを製作をしています。

テンペラ絵具の話

私が使うテンペラ絵の具は、テンペラ画と検索した時いろんなメディウムを厳格な割合で組み合わせて作ってる人には申し訳ないくらいシンプルそのもので、

卵黄1:水1+酢1滴

これをよく混ぜて使っています。

デメリットは3日以内に使い切らなきゃいけないところでしょうか。3日過ぎると卵の粘着力が失われていくので、メディウムとして使えなくなります。

このメディウムに、天然顔料と呼ばれる日本画でもお馴染みの顔料を細かく砕き、粉状にしてからメディウムとよく練って絵の具を作ります。これが卵テンペラの絵の具です。

さて、タイトルになってるこのオーカーどろどろ問題。

オーカー(ocher)とは、黄土色。このうち、イエローオーカー(露・охра светлая)*1は、聖像画のお顔の部分に使われる、天国を表す色です。絵を描く時、金色がなかったら明るい黄土色を使いますよね。金を用いない金色がこのイエローオーカーです。

そして、どろどろ問題というのが、どうも私は、オーカーが入った色に苦戦していて、メディウムの卵と水の割合なのか、湿度なのか、絵の具の練り不足なのかとにかくよく分からないけど、筆でこの色を載せた時どろっとしてしまうんです。他の色を使うときには、このような問題はないんです。

 

イエローオーカーの使い所

ドロドロ問題は深刻です。

なぜなら、イエローオーカーはイコン画にとって最も基本的な色で、お顔や肌に使う色だからです。

肌の色のベースは、シュンガイト(黒)とイエローオーカーを混ぜた、オリーブ色のような暗い黄土色です。天を表すイエローオーカーと地上を意味する黒が交わった色は、地上に生まれながら聖なるものとなったイエスや聖人たちを象徴しています。サンキーリと呼ばれています。

テンペラ画では、ほとんど影の色であるこのサンキーリに、徐々の明度の高い肌色を重ねることで、立体感を出していきます。光を残して徐々に色を重ねて暗くすることで陰影を出す水彩画の逆です。

サンキーリの上に、イエローオーカーとカドミールレッドと白の三色を加えたピーチピンクのような色をお顔の光が当たっている部分に重ねます。このお顔に重ねる光の色をヴァフレーニエと呼びます。

ヴァフレーニエには段階があり、初めに血色のあるピーチカラー。その後、数回に渡り、少しずつより明るい色を重ねていきます。

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お分かりいただけたように、この大事なお顔の影にも光にもイエローオーカーが必要なのです。

なので、この色で問題が起こるのは大変なことなのです。

 

どろどろ問題

どろどろになるというのはどういうことなのか?

今見直すと下手くそすぎて見せるのが恥ずかしくて悶絶しそうですが載せていきます。

※写真は先生に教わりながら初めて描いた一枚。ショップに掲載しているものとは別物です。

1. 表面が筆の跡が残ったようにがたつく。

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2. いつまでたっても乾かず、表面がブヨブヨテカる。

乾いた後は、マットな感じになり、艶が出るのはうまく乾いていない証拠。時間が経っているものは、擦れば艶が消えることもある。

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3. 最悪の場合ヒビが入る。

ヒビが入るまでに時間差がある。おそらく二週間後とかに出てくる。ヒビが入ったら、この場所を削ってうま〜く色を重ねるしかありません。素人にはしんどい作業です。

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原因は何なのか?

ヴァフレーニエの難しいところは、色を乗せた境界を水でぼかすという工程にあります。色の境界が滑らかでないと、陰影のコントラストが強すぎてしまいます。

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左がぼかしなし。右がぼかしあり。

実際のところ、水でテンペラ絵の具の境界をぼかすのは、紙の上では簡単です。何ら問題なくきれいにボケますが、なんと!石膏の上だと、先生がやってるように上手くいきません。とくに、輪郭は色を載せる範囲が広く、モタモタしていると先に絵の具が乾いてぼかせなくなります。水によって綺麗に境界が広がればいいのですが、私がやると、乾いていくプロセスで、水と絵の具が押し合い分離し、その結果、絵の具がどろどろになってしまうのではないか。

どろどろになると、乾くのが遅くなります。

乾くのが遅くなる原因に、前の絵の具の層がしっかり乾いていないことが挙げられます。

つまり、どろどろになってなかなか乾かず、我慢できずになんとなく乾いただろうと色を重ねると、さらにどろどろになって乾かなくなる悪循環を引き起こすということです。最悪の場合、このようにヒビが入ります。

もう一つ気づいたのは、長く作業していると、絵の具がどろどろになるということ。ヴァフレーニエ1層目に使う色は、この後重ねるさらに明るい二層目の色のベースカラーとなります。つまり、ヴァフレーニエの最初の色は多めに練っておくことで、後で追加で色の作り直しをして色味がずれてしまうことを防げます。しかし、長く作業していると、水分が蒸発してしまうのか、メディウムの卵の濃度が濃くなり、どろどろになってしまうのです。

どろどろ対処法

どろどろの原因がわかったところで、どう対処していくべきなのか?

1. メディウムの水分量の見直し

卵の体積に対して卵黄が大きい場合、メディウムを作る際の水の量を若干増やす。

2. 筆でべたべた触らない

ヴァフレーニエ1層目を乗せる時は、よくよく練った絵の具を大きめの筆でとり、一発で色を乗せる。境界をぼかすために一度色を拭い水で境界をなぞる時も無駄な動きをしない。

3. 石膏と水は相性が悪いことを肝に銘じる

たぽたぽに色を載せると、乾くのも遅いしムラが出る。石膏にも悪くヒビが入る原因にもなる。色を置く前に、筆の水分の含有量を調整。しっかりとクッキングペーパーで余分な水分を落として、色がぎりぎり掠れない絶妙な頃合いで描写する。

4. ぼかしが失敗しても深追いしない

水で綺麗にぼかせたら一番いいのだけど、何度も色を重ねてその都度水でぼかすことを試みるより、細い筆でハッチングしながら馴染ませるのが確実。ベタ塗りじゃないので乾くのも早いし、調整しやすい。

5. 時間が経った絵の具への対処

時間が経った練り済み絵の具は、筆に少量含ませた水で濃度を調整し、よく練り直してから使う。

 

現時点でできるのはこのくらいでしょうか?

きっとどろどろになる原因も一過性ではないので、対処方法もこれといった万能な一手があるとは思えません。とにかく、一貫して注意しなくちゃいけないのは水かな?と思います。紙はよくて、石膏が駄目な理由は、やっぱり水との相性の違いだと思うんですよね。

相変わらず、どろどろオーカーを引き起こしてしまうことがあるので、注意深く向き合おうと思います。

 

おわりに

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写真は現在製作中のイコン。金箔に初挑戦しています。


また、気が向いたらイコン製作について呟きますので、どうぞよろしくお願いします。

 

 

 

*1:ロシア語から正しくはlight ocherですが、絵の具の色の種類となると、日本ではイエローオーカーと呼ぶことが多いので、ライトオーカーではなく、イエローオーカーと表記しています。